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伝説の超絶美女・樹まり子論|早すぎた最強の美貌と、令和のAVにはない「発掘」のドキドキ感

AV史上トップ3に君臨する美貌とオープンカーでの衝撃露出

樹まり子という名前を聞いて、激しい郷愁を覚える昔からのAVファンは多いはずです。彼女は1989年に「青木さえこ」の名でAVデビューを果たし、その後に「樹まり子」と改名して大活躍しました。とにかく、とんでもない美貌を誇る極上美女であり、私個人の見解としても、AV史上トップ3に入るほどの超美人だと確信しています。

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しかし、彼女がAV業界で一世を風靡したのは、単に美しいからだけではありませんでした。彼女は非常に明るく、サービス精神が旺盛な女性だったのです。彼女の初期作品について詳しく解説する人は現代では稀ですが、実はとんでもないプレイを平気で披露している作品が数多く存在します。

私が初めて彼女の作品をレンタルショップで借りた際も、聞いたことのないマイナーメーカーの作品でありながら、その内容に度肝を抜かれました。昼間の一般道路をオープンカーで走行中、セクシーな衣装で胸の谷間を全開にし始めたのです。

「おいおい、外から丸見えじゃないか」とハラハラしていると、彼女は平然と上半身全裸になり、おっぱいを丸出しにしてニコニコしながらブラジャーを右手で激しく振り回しました。超人気女優による、あまりにも大胆なゲリラ露出プレイでした。

彼女の作品には、こうした驚くべきプチ露出が当然のように盛り込まれていました。

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『観音狂い咲き 樹まり子』という作品では、「待ち合わせに遅刻した罰」として、監督の指示で路上露出を敢行させられます。歩行者が行き交う街中において、おっぱいやお尻を堂々と丸出しにする過激なプレイを笑顔でやってのけるのです。

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業界を代表するトップ女優でありながら、素人ファンとの懇親的な絡みに応じ、監督の不意な要求にも気軽に笑顔で応じる。これほどの美貌と卓越した性格の良さを兼ね備えていれば、業界で重宝され、仕事が途切れないのは当然の必然でした。

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レンタルビデオ全盛期とのズレと、古本屋で出会った「お宝」のロマン

これほどの逸材でありながら、樹まり子の作品が歴史的な爆発にまで至らなかった背景には、時代の巡り合わせが関係しています。日本のレンタルビデオショップが空前の大ブームを巻き起こしたのは、1993年から2000年頃にかけてでした。

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伊藤真紀や黛ミキがバカ売れしたのは、まさにこの全盛期の波に象徴として乗ることができたからです。対して樹まり子が最も輝いていたのは、1990年からわずか2年ほどの期間であり、ブームのピークとわずかに時期が外れていたのです。

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だからこそ、1994年頃の古本屋のコミュニティなどでは、彼女のVHSのパッケージ写真を見て「一体この凄まじい美人は誰なんだ!」と驚愕するファンが後を絶ちませんでした。私もその中の一人であり、当時の衝撃は今でも鮮明に記憶に残っています。

一世代前の超絶美女が、現代では考えられないほど過激でお宝なプレイをサラリとこなしている。それを自分の足で見つけ出した瞬間の胸の高鳴りは、何物にも代えがたい快感でした。情報が全てネットで整理されてしまっている現代のAV環境では、あの古本屋の棚の隅で宝物を掘り当てたような、狂おしいほどのドキドキ感を味わうことはもうできないのかもしれません。

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